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人生終了スイッチその2 気力続けばもうちょっと書きます

 「いいか。このスイッチは素晴らしい人間でも気に入らない人間でも公平に、押した人間を殺すことが出来るのだ」
 宮田の誘いどおり大衆居酒屋チェーン店に立ち寄り、酒の弱いおれがビールを頼むところ、そんな泡だったものなど酒などではない、と言いつつ芋の臭いのきつい焼酎を湯で割ったものを飲みながら、さあと息巻いて宮田はこう続ける。
 
 「ただ無理矢理握らせて殺すのは芸が無い。下手をすれば殺人になりかねないし、それではおれが犯罪者として扱われて面白くない。なんでもお偉い学者さんがTVで言うには、女性は衝動的な自殺企図で自殺をしやすく、男性は計画的な自殺企図で自殺をするそうじゃないか。つまりだ、女なんて生き物は自分の気まぐれな感情で死にたい死にたいといい加減に思う程度しか知性のない生き物なんだよ」
 「そう息巻いて一気に言わなくても良いだろう。確かにそんな話は何かで聞いたことはあるぞ」
 「なら話が早い。小さな範囲、おれ達の周辺だけでも、スイッチを使い、のうのうと他人を不幸にしている状況を変えたいと思っているのだ。その為には間接的に、問題のある人間をこのスイッチを利用して追い詰め、あわよくば本人にスイッチを押させて自殺してもらう、勿論これは理想なのだがな」

 酒の席だからだろうか、いつもにまして宮田は興奮する。確かに女性運が良い男ではなかったのだが、ここまで暴言に近い事を言う人間だとは想像していなかった。

 「つまり、宮田、お前が言いたいのはこういう事だろう」若干勢いを宥める様に、少し声色を落として告げる。
 「真面目な人間が今の社会に苦しんで、なおかつスイッチの事もあり、容易に死んでいく現状に関わらず、傍若無人でどうしようもない人間が広い顔をして生きているのが許せない、ならスイッチを間接的に利用して追い詰め、最終的にはその人物を殺すことが出来れば良い、そう言いたいのだろう」
 「そうだ、その通り」
 「だが方法はあるのか」
 「先ほども言っただろう。女なんて糞みたいな生き物はだ、感情任せに死にたいだのいい加減な事しか考えられない糞袋だ。なら、死にたくなるように促せばいいだけの事だろう。これを利用するのだ」

 そう熱く語る宮田の目つきは口調と裏腹に本気であることを裏付けるに十分な程の鋭さを持っていた。解らくもない。宮田が一時期交際していた社内の女性は交際当時宮田と婚約関係にまで発展していた。それにも関らずその女性は、おれ達の上司に当たる山口の口車に乗せられたのか、結婚前のハメ外しのつもりだったのか、それとも金銭的な肉体関係を望んだのか、そこまでは不明だが、とにかく上司の山口と肉体関係を持っていた挙句に山口の子を妊娠した。その事実に絡み宮田と女性は相当な口論になったそうだが、結果宮田が山口と女性から散々な罵倒を浴びせられた挙句、数日後に女性は自殺してしまったと聞く。
 しかし悲しい事におれ達は大した学歴もなければ特筆して誇れる資格など有しては居らず、問題が起きてしまったとしても今従事しているLL通信で薄給の元に働かなければならないのだ。

 「そうまで真剣に考えてまで、殺したい、いや自殺させてしまいたい相手がいるのか宮田、もしかすると上司の山口か」
 いくらか騒がしい店内でも大声で話すわけにはいかず、声を抑えた問い掛けに対し宮田は深く頷いた。
 「女など脳みその働かない糞袋だ。無能で無毛の山口の奥さんだって、そうだろう。とてもじゃないが本性を目の当たりにすれば誰だってあのような下品な輩の妻になどなろうとは思わない。忌み事を散々言い散らし勝手に死んだあの女と同類だ、金に釣られた糞の生き物だ」
 「相当根深いのだな、つまり過去の恨みも含め、現在の会社のいざこざも一石二鳥で解決したいと」

 息巻いて話したため喉の渇きを覚えたのか、温くなり先ほどより少し芋臭さの抜けた焼酎を宮田はぐいと一気に飲み干し、力強く空いたグラスをテーブルに叩きつける。

 「まっとうな事だろう。そして、勝手にスイッチを使って自殺してくれるなら、このご時世だ、だれも不思議とは思わないだろう。おれが直接手を下す訳じゃない。糞女どもが勝手に自殺するのだ。そうして、後生大事に大事にしているだろうあの禿げ上がった山口の大切なものを奪い去ってやれば、山口も自殺する動機だって出来る。それがおれの狙いだ。無能で無毛な山口も、嫁自慢だけはひっきりなしだったからな。今思えば、自分に服従した女を自慢したくて仕方がなかっただけなのだろうが」

 スイッチという簡単に人が自殺出来る道具がほぼ全ての日本人の手に渡ってしまってから、確かに気になる報道はされていた。衝動的な自殺は男女比較しても以前から女性が多く、例えばリストカットや拒食症といった症例は女性に多く見られるが、それも計画的な自殺企図ではないため一概に自殺率が高いわけではなかった。しかし、自殺既遂者の動向から分析すると、女性の既遂者は過去に自殺未遂で終わり命が助かったケースというのは少ない、という報告なのだ。逆に男性は、自殺既遂者の内、過去に未遂で終わったケースの人物が多い、という話である。つまりこの結果から解ることは、女性は男性に比べ衝動的に自殺するケースが多い、という事。それも継続的な精神疾患による自傷行為や障害といったものを抱えている、いないに関わらずなのである。

 これら報告がより浮き彫りになってしまったのが、このスイッチの影響だ。
 衝動的に自殺したいと思い立った人間の目の前に、楽に自殺することが出来るスイッチがある。造作もなく握りつぶせば自分の命を握りつぶす、これほど安易なものもあるまい。大して精神疾患に苦しんでいない女性や、むしろ一見正常である女性が安易に死を選んでいる事がTV報道でなされたのだ。同時に男性はと言うと、ウェブ上で繰り広げられる『正しいスイッチの使い方、人生終了の手引き』で書かれている方法にある程度則った自殺の仕方を取っている、とも報道されている。自殺に対しての衝動性は、男女明らかに違うとの認識を持って間違いないのだろう。

 恐らく宮田が考えている計画はこうだ。
 無能上司山口の妻に、山口の伴侶である事を絶望させるに十分な説得を試みる。宮田の交際していた女性と山口の関係などは、山口自身が伏せているだろうから伝わっているとは考えにくいので、この過去を遜色なく伝えるのだろうか。
 その事実に絶望した山口の妻は、自殺する。
 今まで唯一と言っていい程の自慢の種、いや一種山口にとってのアイデンティティであった妻を失った絶望感を利用し、山口に自殺を促す算段を取る。
 かくして、以上の事が宮田の思い描いているスイッチという社会現象を利用した復讐劇なのだろう。

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